宮澤正明が観た伊勢神宮

平成十六年(二〇〇四年)十月十五日早朝、僕は伊勢神宮の内宮を参拝するため清流五十鈴川に架かる宇治橋のたもとに立っていた。
俗界から聖界への架け橋とされるこの橋を前にファインダー越しの僕の心は、遠い記憶を探る様に過去と現実を彷徨し始めた。

太陽の神様。天照大神をお祀りされた内宮のファーストコンタクトの洗礼は溢れんばかりの光とともに、僕の心を温かくつつんだ。気がつくと僕は誰もいない宇治橋を渡りきり架け橋の反対側に立っていた。

ふと振り返ると、俗界がすごく遠くに見えた。
そして、僕は玉砂利の絨毯の上を一歩一歩自分の存在を忘れない様に、深い森の中の聖域へと歩き始めた。

しばらくすると霧の向こうに五十鈴川のほとりの御手洗場(※)が見えてきた。

山々を水源にし、森を抜けやがて大海原へと注ぎ込む聖なる川は自然の摂理を教えてくれる。森の朝霧を木漏れ日が神々しく射し込む頃には僕は神話の現代の語り部として静かにシャッターを押していた。

森から朝の光が降り注ぐ向こうに神の住まわれし神殿の頂きが眼の奥に深く刻み込まれた。思わず息を飲むと同時に深く一礼していた。

※御手洗場(みたらし)
古くから神宮に参拝する人々の禊の場とされて来た。